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2020年3月4日水曜日

四十二番:石神井川の蛇行跡に湧く水(音無こぶし緑地)

 板橋区から北区へと入る前後の区間の石神井川は、かつては細かい蛇行が連なっていた。下図は大正15年の1万分の地形図。くねくねと曲がる流路が確認できる。1960年代から70年代にかけ、洪水対策でこれらはショートカットで直線化され、川も掘り下げられた。

 現在、石神井川が埼京線の線路を潜り北区に入ると、川の両岸に入れ替わり立ち代わり、音無くぬぎ緑地、音無こぶし緑地、音無けやき緑地、音無もみじ緑地、音無さくら緑地と、蛇行の跡地を利用した小緑地が続いている。その中のひとつ、こぶし緑地を訪れてみた(上地図矢印箇所)

 川の両岸にあるくぬぎ緑地とこぶし緑地を結ぶ橋から石神井川を見下ろしてみる。川面までは相当の深さがあり、絶壁のように護岸がそそり立つ。改修により掘り下げられた分もあるが、地形図や古写真をみると、それ以前からもこの付近は水流で深く浸食され、渓谷のようになっていたようだ。この絶壁の左側にこぶし緑地がある。

 こぶし緑地は蛇行の跡を平らに均して、ちょっとしたベンチなどがある以外は何もない小さな広場になっており、南側を向いていて、日当たりはよい。近所の子供がキャッチボールをしたり、犬の散歩をしたり、ちょっと一息ついているような空間になっている。流路跡の三方を囲む崖の斜面には集合住宅が数軒。その中のひとつは4階建ての4階が出入り口になっている。緑地の標高は14mほどだが、台地の上は24mと、標高差が10mほどあるためだ。

 崖の下に沿って、S字に曲がる石組みのせせらぎがつくられている。こちらは親水施設で、木陰には循環水を流す機器が見える。このときは冬場のためか水は止められていた。しかし、どこからかこぽこぽと水音がする。

 人工のせせらぎに近づくと、その裏側、せせらぎの周囲に配された大きな石に隠されるように、青いバケツが置かれていた。

 バケツには、擁壁の下にコンクリートで固定されたパイプから水が注いでいる。

 水温を測ると17.6度。この日の気温は11,2度ほどだったから、温く感じられるくらいだ。バケツから溢れた水は、親水施設の外側に沿って土の上を流れていく。

動画でも見てみよう。水音が聞こえるだろうか。

 水の湧く崖の北側には北区中央公園や自衛隊の敷地など、まとまった未舗装の土地が広がっている。そのあたりで地面に染み込んだ雨水が涵養源になっているのだろう。近くを通りかかったお年寄りが、水、湧いてるだろ、前よりはだいぶ減ったけどな。と声を掛けていった。岩陰に潜んだ湧水だけど、知っている人は知っているのだろう。そういえばバケツも公園の管理で置かれたようには見えない。近所の誰かが置いたものに違いない。夏になったら子供たちが水遊びに使ったりもするのだろうか。

 崖下では他の場所からも、水が滲み出していた。かつてはこれらの水は直接石神井川の流れに加わっていたのだろう。

川の流路は変わったけれど、その跡に取り残されたように今も湧く水。ちょっと健気な感じもする。

住所:北区滝野川4
水量:少ない
用途:なし
タイプ:崖線
湧出地点の標高:14m
水温:17.2度(2月)
水系:石神井川
東京都湧水台帳コード:Ho-08
地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工

2020年1月28日火曜日

四十一番:次郎稲荷の湧水ー小石川植物園の崖線

 木々に囲まれた崖線の下の池。その向こう側の斜面の麓に鳥居が見える。冬なのに緑が鮮やかだ。どこか郊外の山里の風景にも見えるが、ここは文京区だ。

 鳥居の先には「次郎稲荷」が鎮座している。かといって神社の境内というわけではない。ここは小石川植物園。正式には「東京大学大学院理学系研究科附属植物園といい、明治10年開園の日本で最も古い植物園だ。前身は江戸幕府の小石川御薬園に遡る。そんな歴史があるためか、敷地には稲荷社が2つある。そのうちの一つが次郎稲荷だ。
 鳥居の近くまでくると、鳥居の前の地面が抉れて溝となっていて、そこから水が湧き出している。

 何とか溝に降りて水面に近づき水温を測ってみると16度。この日の気温は10度を切っていたが、指で触れると温く感じるくらいだ。地上に出てすぐのまだ気温の影響を受けていない、湧きたての水なのだろう。

 水量は少ないものの、水は確実に湧き出しており、傾斜が緩いせいなのかとてもゆっくりとした流れを生み出している。水面の動きはどこか生きもののようだ。映像で見てみよう。

 鳥居の先、湧水の溝の延長線上にも、人の背丈よりやや高く、そしてすれ違えないくらいの狭い溝が白山の台地の崖線に切り込んでいる。鳥居を潜り、忍び込むように隙間に入っていく。

 つきあたりは数mの急斜面になっていて、その下に小さな祠がある。ステンレス製で比較的新しい。祠の脇の地面近くにはぽっかりと穴が開いている。いわゆる「狐のお穴」だろう。溝が曲がっているため、お穴の前に立つと周囲の見通しがなくなり、ただ空の方だけが開けている。隠れ家のような、何かに護られているような、不思議な空間だ。

 祠に至る溝の両側には石が雑然と積み上げられていて、その上には石碑や古びた狐の石像が何体も無造作に据えられている。狐はあちこちが欠けていて、歳月やかつての信仰を偲ばせる。そして鳥居の向こうには湧水の注ぐ池が見える。鳥が呼び合う声と風が木々を揺らす音が聞こえる。

 小石川植物園の敷地は本郷台の一角である白山の台地と谷端川(小石川)の谷に跨っている。北西から南東に細長く続く敷地の向きに沿ってちょうど真ん中あたりを崖線が横切っている。台地の上は標高25m前後、一方谷は10m前後と、かなりの高低差があって、その斜面はすべて木々に覆われているため山の中のような景観になっている。その崖線の下に、ローム層を浸透した水が湧き出している。
 植物園の中の低地はいくつか池が連なっている。西端の池は庭園風に整備されているが、他の池は自然のまま。湿地のようになっているところもある。これらの池には特に給水はしておらず、すべて湧水や雨水だという。
 過去の調査結果では、台地上の植物園敷地で浸み込んだ水だけではなく、植物園の北西側のやや離れた場所で地面に浸み込んだ水も湧き出しているという。六義園あたりだろうか。

 植物園の中には次郎稲荷の袂のほか、はっきり確認できるところであと3か所ほど湧水がみられる(下の地図の星印)。これら以外の場所でもじわじわと染み出し、池の水となっているのだろう。

 これらの湧水はなぜか東京都の湧水台帳には掲載されておらず、あまり紹介されることもない。大学付属の植物園のためか余り混むこともないから、身近に自然に近い湧水を見たい時にはもってこいのスポットかもしれない。

住所:文京区白山3
水量:少ない
用途:池
タイプ:崖線
湧出地点の標高:12m
水温:15.9度(1月)
水系:谷端川
東京都湧水台帳コード:なし

地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工

2019年4月2日火曜日

十三番:赤羽自然観察公園、リメイクされた谷戸の湧水

 稲付谷の北側に、同じように本郷台地に深く食い込む谷がある。広く知られる名前はなかったようだが、亀ヶ谷とする文献もある。谷底の幅は稲付谷よりもかなり広く、谷の出口には明治時代中頃まで亀が池と呼ばれる大きな溜池があって、灌漑に利用されていた。池は大正初期までには埋め立てられ、現在は小さな池(湧水ではないようだ。)とその中島に祀られた亀が池弁財天に名残を残す。

 赤羽駅から南西に延びるその谷筋を遡っていくと、10分ほどで赤羽自然観察公園にたどり着く。公園の入り口そばには水鳥の池と名付けられた池が水を湛えている。フェンスに囲まれ林に接した池の水辺には近寄ることはできない。

 池のほとりには細長い水田が拓かれていて、小高くなったその奥には、古民家が控えている。

 赤羽駅前の猥雑さからはまったくかけ離れた里山の風景だが、昔からこうだったわけではない。谷を囲む赤羽の台地の上は、明治時代より陸軍火薬庫、被服本廠、兵器庫といった軍事施設が広がっていた。そして、亀ヶ谷の谷頭部を横切って陸軍兵器補給廠専用線がそれらを結んでいた。以前は水田が広がっていた亀ヶ谷の谷も、やがて軍用地に取り込まれていった。
「今昔マップ」より2万5千分の1地形図「赤羽」大正8年測量

 戦後になると一帯は米軍の接収を経て自衛隊十条駐屯地赤羽分屯地となった。その返還後に整備を経て、1999年に赤羽自然観察公園として開園したのが現在の風景の起点だ。古民家はもとは浮間地区にあった1844年築の松澤家住宅を「ふるさと農家体験館」として移築・復元したものだ。背後の台地の上には高層の公務員住宅がそびえたち、空間の異質さが際立つ。

 水田には春になると公園内の小川から水が引かれ、稲が植え付けられる。その小川の流れは二手からやってきて、水田の手前で合流し、水田と水鳥の池に注ぐ。下の写真は合流地点を上流側から眺めたところだ。手前からの流れと、右手からの流れが奥で合流している。

 右手、南側からの小川は自然の湧水の流れで、ちょっとした渓谷風になっている。水源は自然保護区域の中になっていて近づくことはできないが、谷の南側斜面の下から湧き出しているという。湧出地点の標高はおそらく15mほど。これまで見てきた本郷台の湧水はいずれも10mほどなので、やや高い地点から湧いていることになる。清冽な水は水量も多く、澄んでいる。東京の名湧水57選にも選ばれていて、都のサイトで湧出口の写真を見ることができる。

 一方北側の小川は、閑散とした木々と薮の間をせせらぎとして流れてきており、そばまで近寄れるようになっている。心が和む風景だが、ただこちらの水質は南側の流れに比べわずかだが透明度が落ちるように見える。

 遡っていくと湿地となっていて、産卵期を迎えた蛙の声が賑やかに響く。その先は南側と同様自然保護区となっていて入れない。保護区の中にはやや荒れた、木々に囲まれた冬枯れた谷戸の風景がみえる。これらは自然の風景ではなく、自衛隊の駐屯地だった時期は木々は少なかった。公園整備時に、かつてあったであろう在来の植物を植栽し、その後あえて手を入れず本来の植生の回復を狙っているという。

 そして、谷戸状の地形もまた、実は自然のそのままの姿ではない。駐屯地時代、谷の地形はかなり改変されており、戦車の漏水試験用の水槽が掘られていたという。そのため、返還後に谷の痕跡を生かしつつ新たに緩い斜面の谷を作り直したという。幸い湧水は駐屯地だった間も湧き続けていたため、保全措置がとられ小川も整備された。

 さらに、一見同じように流れる2つの小川も、実はその性質を異にしていた。南側の流れは全て湧きたての湧水だが、北側の流れは湧水量が少ないため、南側の流れの湧水を再利用し加えているという。つまり、水鳥の池に一旦注ぎ込んだ湧水を、北側の流れの谷頭までポンプアップして流しているのだ。北側の流れの水質が落ちてみえるのは、このためだった。この情報を得て葉の落ちた木々の間をよく見ると、沼地となっている谷底の一番奥にその注ぎ込み口が見えた。

 東京の名湧水57選にも選ばれているということで、なんとなく2つの流れの両方が自然な湧き水だと思っていたが、今回その真相にたどり着き、やや拍子抜けした。とはいえ人の住む地で人の手が加わらない風景などないわけで、水が水道水や地下水の汲み上げというわけでもない。放っておけば下水に流れ込んでしまう湧水を再利用し流すというのは、これはこれで風景の回復策のひとつとしてありなのだろう。

住所:北区赤羽西5
水量:普通
用途:川、水田、池
立地:本郷台地
タイプ:谷頭
湧出地点の標高;15m
水系:無名河川
東京都湧水台帳コード:Ho-10
地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工

2019年3月28日木曜日

十二番:木蓋の中の湧き水

 稲付川の流れの跡の道をそぞろ歩き。呼び寄せられたように路地の奥に入り込んでいくと、路上に小さな取手のついた木の蓋があった。傍らにはコンクリートの洗い場と伏せられたバケツが。

 ドキドキしながらゆっくり蓋を開けてみると、中には透明な、とても透明な水が佇んでいた。静かに、でも確かに湧き出している水の色。路上に仕掛けられた玉手箱。その密やかさにしばし心を奪われる。

 バケツが伏せられているところには板が渡してあって、その下に水が落ちていっているようだ。

同じ路地の先を見やると、もう一つ、同じような水桝が路上に


 中の水には動きや音はなく、先ほどのものよりは少しだけ鮮度が落ちているように見える。水の湧く量が少ないのだろう。季節が置き去っていった、紅葉した落ち葉が沈む。


近隣に住む老婦人がお出かけから戻ってきて、怪しまれるかと思いきや、お話を聞かせていただけた。かつては洗い物などに使えるくらい湧いていて、近所の人たちと井戸端会議になったものよと。
 近くの家の庭には、大正期から戦後にかけて川魚料理を饗していた遊鯉園の池が、大幅に小さくはなったものの、塀越しに見える。そしてこの湧水も、実はかつて池が大きかった頃、そのほとりに湧いていた水だ。
 そしてここも標高10m。それぞれの湧水は地面の下、同じ面の上を流れ出てきている。本郷台に深く刻まれた、稲付の谷。川はなくなれど、水はなお各地で湧き続ける。 

住所:北区(詳細非公開)
水量:少ない
用途:生活用水
立地:本郷台地
タイプ:崖線
湧出地点の標高;10m
水系:石神井用水中用水_稲付川
東京都湧水台帳コード:Ho-302〜304


地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工




2019年3月23日土曜日

十一番:稲付谷、水車小屋跡のささやかな湧水路

 路上に染み出す湧水(前回記事)から離れ、稲付川跡の谷底を挟んで反対側、北側の谷の斜面の下へと向かうと、遊鯉園の坂と向かい合うように、急な階段の坂が赤羽台の上へと急斜面を登っていくのが見える。この坂は、かつて近くに水車小屋があったことから「水車の坂」と呼ばれているそうだ。古地図を見ると、確かに、大正時代末頃まで、坂の北東数十mほどの場所に水車小屋があったことが確認できる。稲付川の流れを分けて迂回させ、そこにかけられていたようだ。
 水車小屋のあったあたりまで行ってみると、家々の立ち並ぶ間から、道に直角に交わるようにコンクリートU字溝があった。溝の底には絶え間なくサラサラと、水が下ってきており、手前の雨水桝へと流れ落ちていく。

裏側の路地に入り込むと、行き止まりで水路の根元にたどり着いた。崖に平行して水車の坂側(下写真右上)と北東側(左下)からU字溝の水路が流れてきて、ここで合流し、道路の方(左上)へと続いているようだ。

 水車の坂方向からの流れは、家々の裏手の壁下から流れてきている。柵に阻まれて奥の方まで確認することはできないが、明治や大正時代の地形図ではまさにこのあたりに水車の記号と水車小屋が記されている。

 手前の水路はここに来るまでの裏路地に沿って続いている。水は溝の途中まで満たしているのだが、その途中から水面が揺れていて、どこかから水が湧いているようだ。

 眼をこらして水の湧く場所を探して見ると、U字溝の継ぎ目の隙間から、こんこんと水が湧き出していた。閉じ込められていたところから解放されるように、溢れるように、勢いよく湧く水は生命を感じさせた。ここもまた、標高10m。目に見えない、地下のボーダーライン。

 動画で水面の揺らめきを撮影してみた。U字溝の側面を覆う苔や、継ぎ目から生える草は生き生きとしていて、水が常に流れていることが窺える。

 稲付川の谷底にはかつて水田が広がり、谷の斜面は雑木林が覆っていた。のどかな風景に、水車の軋む音や杵を搗く音が聞こえていたのだろう。しかし関東大震災後、一帯は台地の上も谷の下も、東京の市街地拡大の波に呑まれていく。水車は営業を止め、不要になった稲付川の分流も早々に埋め立てられた。
 それから90年以上たった今、当時の風景の手がかりは何もないし、それらを知る人ももはやいない。けれども水車の分流に注いでいた湧水は今もなお、ささやかに流れて、水の記憶を伝えている。

住所:北区赤羽西3
水量:少し
用途:なし
立地:本郷台地
タイプ:崖線
湧出地点の標高;10m
水系:石神井中用水_稲付川
東京都湧水台帳コード:なし

地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工

2019年3月18日月曜日

十番:稲付谷の路上に滲み出す湧水

 十条と赤羽を隔てる稲付谷は、本郷台地をえぐるように刻んで南西から北東に向かう深い谷だ。谷底と台地の高低差は十数メートルに及び、また谷幅も細い。十条の台地の上からは、家々が密集する谷底を挟んですぐ向かいに赤羽の台地が見え、景観から地形がはっきりとわかる。

 谷底にはかつて水が各所に湧き、それらを集めて稲付川/北耕地川が流れていた。江戸時代以降は更に谷頭に石神井川から開削した石神井中用水を引き込んで、谷や谷から出た先の低地の灌漑に利用されていた。
 谷からはいくつか枝谷が伸びるが、その中のひとつ上十条と十条仲原の境目になっている谷は短いもののくっきりとしていて地形図を見るとよく目立つ。

 この谷には谷底を下る道のほか両側の丘の上に、谷を挟むように道が通っている。谷頭の方から北上すると、東側の道は「遊鯉園の坂」で谷底に下っていく。遊鯉園は大正期から戦前にかけて稲付の谷にあった、湧水池を有した川魚料亭で、戦後その池の大部分は埋め立てられてしまったが、一部は現在も個人宅の庭に残っている。
 一方、西側の道を北上すると、枝谷が稲付谷にぶつかるところで行き止まりとなるが、その手前にある急峻な階段で谷底に降りることができる。手擦りのついた標高差5mほどの階段から見下ろすと、谷底の路地のマンホール周りがびしゃびしゃに水浸しになっている。ここ数日、雨は降っていない。

 階段を下りてみる。見上げると視界いっぱいに崖の擁壁が迫る。崖の上のブロック塀が高さを嵩上げしている。そして路上を濡らす水は水たまりではなく流れがあり、それは上からは見えなかった鉄格子の雨水桝に流れ落ちていた。

 雨水桝の中に溜まる水に、路上の水の落ちる音が響く。よく見ると水は階段上から見えたマンホールの方にも流れ込んでいて、水音はそちらのほうがよく聴こえる。マンホールの空洞の中で反響する水音はインフレ状態の水琴窟のようだ。

 階段下の路地は突当りが民家になっていて、水はその中から流れ出てきていた。路面の標高は10m、またも、ここまで見てきた湧水と同じだ。目に見えない地層の境目がここまで続いてきている。

 近寄って見ると、崖の下に溝があって、溝と崖の隙間から水が湧いているようだ。あまり人の出入りはなさそうな路地ではあるが、とはいえこんなに水浸しで不便はないのだろうか。

 足もとをちょろちょろと水が流れていく。水に濡れる落ち葉の赤い色と、湿気をたっぷり含んだ青緑の苔の対比が鮮やかだ。ここだけクローズアップするとどこかの渓谷の地面にもみえなくはない。

 民家の方向と反対側には、崖下に溝がつくられていて、こちらにも水が溜まっている。縁には青々とした苔が生え、ミニチュアの土手のようだ。コンクリートの擁壁もうっすらと緑に染まる。アスファルトの路面も、溝から漏れた水が染みをつくっていて、水の気配が濃密に感じられる。空気までもがしっとりと水を含んできそうだ。

 本来流れてはいけないはずの路上に流れているという意味では事故的な湧水ではあるが、本来は谷戸の斜面の森の下、水田や湿原に湧き出す水だったはずだ。谷を家で埋め尽くし、路上や崖を塞いで塗り固めてもなお湧き出す水は、かつての稲付谷の渓谷風景の記憶を必死に伝えようとしているようにも思えた。崖と民家に挟まれた視覚的谷底に響く水音は土地の記憶にしばし耳を傾けさせたのだった。

住所:北区上十条5
水量:少ない
用途:なし
立地:本郷台地
タイプ:崖線
湧出地点の標高;10m
水系:石神井用水中用水_稲付川
東京都湧水台帳コード:なし

地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工

2019年3月17日日曜日

九番:清水坂公園、疑惑の湧水池

 王子から東十条まで、本郷台地の崖線はわずかにカーブを描く一本のラインとなっているが、赤羽に近づくとそのラインを分断して3つの谷が台地に深く刻み込まれている。そのもっとも南側の「稲付谷」に入っていこう。

 埼京線がまだ開通しておらず、池袋から赤羽までの「赤羽線」だった頃、赤羽の手前、京浜東北線に合流する付近で、車窓が開け、窪地に木造の官舎が並んでいるのが見えた。それらは戦前に建てられた兵舎をそのまま転用したという、国鉄の官舎だった。どこか時代から取り残されたような空間で、背後の崖の斜面を覆う木々も印象的だった。
出典:「一万分の1地形図 赤羽」国土地理院(1984)より

 官舎は1980年代後半には取り壊されて、しばらく空き地となっていたような気がする。そして1994年には、全体が清水坂公園として整備され、斜面の地形を活用した人工の渓流や滑り台が設けられた。公園の片隅には、北区自然ふれあい情報館が建っているのだが、その裏庭の自然園にある池が湧水を貯めているのだと聞いた。
 以前池を見たことはあり、確かに崖下にあるのだが、果たして湧水なのかよくわからなかった。清水谷公園の窪地は稲付谷の枝谷の一つではあるのだが、自然の谷は公園北端から隣接する西が丘小学校付近までで、それより南は官舎を建てる際に丘を切り開いてできた人工の窪地だ。自然園の池が面する崖もその際にできたものだ。そして池の標高も14mほどと、近くの他の湧水がいずれも10m前後から湧いているのに対してやや高く、不自然だ。事実を確かめに、改めて池を見に行った。

 池の周りは、1日に数回あるガイドの時だけ入ることができる。参加した日は薄曇りだが寒さが緩いできた日。池の中にはあちこちにひも状のカエルの卵が見られた。背後の崖で冬眠していたアズマヒキガエルが、2月末に目覚めて産卵したという。その数110匹というから壮観、というより壮絶だったのではないか。この日もまだ何匹かの姿が池の中に見られた。

 冬の間ご無沙汰していたアメンボの姿も今年初めて見かける。アメンボは落ち葉の下で冬を越しているという。池から流れ出す水路にはメダカの姿も見えた。少しずつ、春が近づいている。背後の別の小さな池は水田で、初夏になると田植えがされる。

 さて、水の出どころは一体どこだろうか。池に注ぐわずかな流れを追うと背後の崖の斜面から出てきてはいるが、そこにはパイプかホースのようなものが見える。いったい水の出どころはどこなのだろう?湧水ではなく水道水ではないのか?

 ガイドの方に訊いてみると、実は公園内の別の場所に湧水があり、そこからポンプアップして引いてきているということだった。水道ではなかったが、ポンプアップということは地下水の汲み上げではないのか。
 さらにガイドの方からとりついでいただいた別の職員の方に聞いて、謎が解けた。確かに湧水はあった。教えていただいた場所は、池から南東に80mほど離れた公園の一角。円形の石組みに囲われたすり鉢型の窪みの底に水が溜まっていた。

 何度もそばを通っているはずだが、あまりに人工的な外観のせいで、これが湧水だとはまったく意識していなかった。灯台下暗し。地上の標高11mちょっと。ということは水面は10m弱で、これまで見てきた湧水と同じ高さから湧く水となる。掘り下げたことで、地下水位に達して水が出ているのだろう。そういう意味ではどちらかというと井戸に近いといえるし、池の底が地下水位より低くなっていることで水の湧く池も都内各地にあり、それらの仲間とも言える。このところ各地で目立つ地下水の渇水のせいか水位が下がっている様子で、水もあまり元気がない感じではあるが、この水が先ほどの池や水路の水源となっているということだ。低い池から高い池への水のトランスポーテーション。

 なお、「清水坂」は公園とは離れた埼京線の線路の東、若宮八幡神社脇を通る旧岩槻街道が、本郷台地から低地へと降りていく坂だ。切り通しの崖から絶えず清水が湧き出ていたことに由来するといい、こちらの湧水とは関係はない。

住所:北区中十条4
水量:不明
用途:池
立地:本郷台地
タイプ:池
湧出地点の標高;10m
水系:稲付川(石神井中用水)
東京都湧水台帳コード:Ho-3

地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工