烏森稲荷神社に続き、次は中目黒駅を挟んで反対側にある中目黒八幡神社を訪れてみよう。かつての中目黒村の総鎮守社で、創建時期は明らかではないが、江戸中期にはすでにこの地にあったことがわかっている。こちらも目黒台の斜面に位置しており、水の湧きそうな場所だ。東北東に面した参道から境内へと入っていく。
緩やかな上り坂となっている山道を50mほど進むと、石段につきあたる。ここを登れば境内だが、その石段の右手、石灯籠の裏をよくみれば、水鉢が見える。
近づいてみると、ごつごつとした岩で覆われた斜面の下に、緑に囲まれた円筒状の石の水鉢があって、水が溢れ出している。脇には神泉と刻まれた石碑が立っている。
水は岩の中から渾渾と流れ出している。澄んだ水面が揺れる。水温は17.1度。
石段の右横の崖下は池になっていた。水鉢から溢れ出した水を溜めているのだろうか。
さて、この神泉、神社の創建時からあったわけではなく、1923年(大正12年)に神社の境内を北側に拡張した際に水が湧き出したため、これを引いて神泉としたという。1960年代始め頃までは崖を流れ落ちる湧水が見られたというが、今はその気配はない。現在水鉢の水はどこから湧き出しているのだろうか。
社務所にてお話しを伺ったところ、宮司の奥様らしきご婦人から、色々と教えていただけた。それによると、かつての水源は周囲の宅地化で水が少なくなり、今は社殿裏側の浅井戸に湧く水を引いているとのことだ。おそらく電動ポンプによる汲み上げなのだろう。ただ、真空方式で、汲み上げた後は自然流下、一日中止まることはないと繰り返し仰っていたので、もしかすると普段はサイフォンの原理で流しているのだろうか。石段の湧き出し口は標高15m、拝殿裏は標高20m。井戸の水面の深さが2mほどだとすると水面は18mとなるから、原理的にはできなくはない。
これまで水が涸れたことはなく、また水質もよく、保健所の水質検査でも毎回飲用適となるそうだ。一時期マスコミに取り上げられて行列ができ、参拝者の迷惑となったため、今ではあまりおおっぴらに飲めるということは言っておらず、テレビの取材もお断りしているとのこと。
水温も一定で、神職者として毎朝水浴をするが、夏は冷たく、冬場は温くて快適だ、また、境内の地面に神泉までの導水管が埋めてあるが、冬場に雪が積もるとその上だけ溶けていて、そんなことからも水を実感できるとのこと。神泉からあふれた水は想像通り石段下の池にひき入れており、木々に囲われているのに魚を求めてシロサギが飛んできたことがあったそうだ。
1936年の建造になる社殿は台地の斜面を背後に、楠の大木に護られるように囲まれ、清々しい。春に落葉するクスノキがちょうどその盛りで、黄色くなった落ち葉が風に舞う。朝掃いたばかりなのにもうこんなに落ちてしまった、と言いつつ、水に育まれた緑に囲まれてありがたい、毎日この神泉の水を飲んでいるおかげで大きな病気もかからず過ごせている、柔らかく、甘い味がするのでぜひ飲んでみてほしい、とこちらの神社でもまた、お話しの端々から、水への想いが伺えた。
神社の裏手は小学校になっていて、下校時刻の子供達が神社の中を賑やかに通り抜けていく。社務所からお暇した後、三々五々と参道の石段を下っていく子供達の脇で、柄杓に汲んだ水を飲んでみた。確かに柔らかく、甘い味がした。やがて人波は途切れ、再び境内は静寂に包まれて、水鉢に注ぐ水のちょろちょろという音だけが残った。
住所:目黒区中目黒3
水量:普通
用途:手水、池
立地:目黒台
タイプ:崖線(井戸)
湧出地点の標高;15m
水温;17.1度
水系:目黒川
東京都湧水台帳コード:Me-07
地図出典:カシミール3Dで基盤地図情報EDMデータ及び地理院地図を表示したものを加工
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